事業概要

事業内容

(1) 事業目的

本事業の目的は、地球社会の課題解決に向けた知の創出と自立的な市民の育成によって世界の持続可能性に貢献することを謳う〈法政大学憲章〉に則り、持続可能な社会(都市)のあり方を、江戸東京モデルに、学際的な研究体制のもとで国際的な視座・視点も加えながら探究することである。循環型都市、持続可能な発展を実現してきた都市として世界的に再評価される江戸東京は、地球環境問題、産業構造の変化、グローバリゼーションの浸透に抗する地域の自立、成熟社会における質の高い個性豊かな社会の発展などへの対応が世界的に強く求められている現代において、様々な課題解決の可能性を持つ重要な研究対象となりうる。

本学には江戸東京に関する幅広い領域からの膨大な研究蓄積がある。エコ地域デザイン研究センターは、国際比較の視点からこの都市の特質を研究し、「水都」としての側面や、エコロジカルな都市としての側面について学際的研究を積み上げてきた。田中優子総長も所属する国際日本学研究所は、国際的共同研究の積み重ねにより外からの眼差しで江戸を含む日本文化の新しい分析を可能にしてきた。この理系と文系という、相互に性格を異にする二つの研究機関が共同してより学際性を高め、大学をあげて本事業を推進する。

江戸東京に関する研究としては、1980年代に小木新造・陣内秀信によって提唱された「江戸東京学」がある。近代化=西洋化を徹底して押し進め過去と断絶したかに見える東京の中に、江戸の歴史に裏打ちされた個性豊かな都市空間や多彩な文化的アイデンティティを発見し、江戸東京博物館の開館など成熟期に入った我が国の社会の要請に応える大きな貢献をした。本事業では、その後の本学研究機関の実績をもふまえて、現代にふさわしい形で江戸東京研究を大きく発展・深化させ、その成果を世界に発信することを目指す。

その新たな方向性の柱の一つは〈近世=江戸〉と〈近代=東京〉の繋がり(連続性と断絶性)を見るという江戸東京学の発想を越えて古代にまで遡り、深層にまで掘り下げてそのユニークさの根源を見極めていくという点にある。そのことは即ち、江戸市域(現在の東京の都心部)に限定せずに武蔵野、多摩、つまり都市江戸の発展・繁栄を支えた自然豊かな後背地、あるいは田園や近郊農村だった広い地域(テリトーリオ)へと考察の対象を広げる戦略に繋がる。江戸がいかに巨大都市として発展し、現代の東京に変貌していったかを考えるには、その前提条件としての自然環境や江戸前史を理解しなければならない。これは本学を構成する各キャンパスの立地とも重なり、3キャンパス連携を謳う本学教育ビジョンを推進する原点となる。

もう一つの重要な柱は、江戸東京学が謳われた1980年代にはまだ顕在化しておらず、それ以後に東京という都市を特徴づけた独特の諸現象について、現代的な視点から考究するという点である。東京のユニークさ、独自のポテンシャリティが生まれるメカニズムを解明するという課題である。これは持続可能な地域社会の構築やユニークな研究拠点の発展、〈実践知〉の具体化を目指す本学研究ビジョンの核心に位置する。

この2点を新たな柱として、東京が現代まで文化的にも空間的にも持続的な発展を続け、いっそう世界に向けて個性を発揮し始めた秘密を学際的に解明することを目的として以下の4つの研究プロジェクトを設ける。
 

1. 水都-基層構造

東京のユニークさの解明のために大地・自然と結びつく独特の基層構造に光を当てる。その基礎条件を解明することが本事業の基盤となる。特に江戸東京を最も特徴づける「水都」という視点を軸に研究を組み立てる。その研究成果をもとに、現代の東京を対象に、水資源・水環境の視座も取り入れつつ、文化的景観の価値を再発見し、江戸が誇る庭園文化の意味をも考えながら、実践的なアクションを展開する。水都としての東京のこれからをより豊かに持続させるための実践的な研究となる。

2. 江戸東京の「ユニークさ」

この基層構造の上にアイデンティティを形成していく江戸東京が示す特徴を、その前史もふまえて検討する。江戸東京は、自然を排除して人工的な空間を築く西欧型の都市とは異なる概念で形成され、和辻哲郎『風土』では東京が世界的に珍しい「病める都会」の例とされたが、西欧の都市モデルが色褪せた今、和辻の否定的な見方は逆に優れた特徴として注目される。都市の国際比較、広大な武蔵野を抱えた江戸東京の個性、名所・景観・名物等の諸資源、人口の構成や推移の問題の考察等によって、東京がいかに「珍しい」かを今日の価値観で検討しなおし、その個性を世界に誇れる「ユニークさ」として学術的にとらえなおし、江戸東京のブランド化に繋げる。

3. テクノロジーとアート

現代東京の先進性をテクノロジーとアートを中心に、それが生まれる秘密を研究する。近代西洋においては科学技術の下に都市が形成され、アートもそれに沿って展開された。こうした西洋のアートを東京は忠実に学び導入したが、持ち前のレジリアンスによって、西洋のアートに自らを開きつつも日本らしさを絶えず生み出し続けている。例えばロボットですら極めて人間的に用いられている。こうしたユニークさを検証していく。江戸以来の歴史や自然がメタボリズムの内で息づいている現在の東京で、それを支える様々なアートの実態を、世界の他都市との比較も行いながら解明していく。

4. 都市東京の近未来

江戸から繋がる西洋文明以外の社会思想を背景とした東京という都市の研究を通じ、次世代の世界の都市のあり方に示唆を与えることを目的とする。〈現代都市〉は大量生産・大量消費を基調とする資本主義社会システムとともに、瞬く間に全世界に普及した都市類型である。東京はこの〈現代都市〉という都市類型に対応しながらも、江戸から繋がる文化的地理的基層をもつために、世界のなかでもユニークな都市形成を行った。本研究プロジェクトでは江戸東京という巨視的な視座をもって、西洋で発達した〈現代都市〉を乗り越える新しい都市の姿を描き出す。

こうしたこれまでの研究蓄積をふまえた「実践知」に即した研究こそ、江戸東京の真ん中、千代田区にメーンキャンパスをもつ本学が掲げたビジョンに合致するものであり、江戸東京のブランド化や世界に向けた文化力を生み出すものと考える。

【大学の将来ビジョン】

「自由を生き抜く実践知」を基本とした〈法政大学憲章〉を定め、自由を生き抜く市民を輩出し、世界における市民教育の拠点となり、基礎研究・実践的研究の成果により持続可能社会を創造することをビジョンに設定。そのもとに5つの教育の目標「①(3つの)キャンパスの有機的連環を基盤にした総合大学になる」「②充実した『学び』を約束する市民教育の拠点になる」「③地域の多様性が有する価値を熟知しつつ、グローバルに思考する能力を育てる」「④持続可能な地域社会の構築を目指す教育の拠点になる」「⑤世界中の人々が日本を総合的に学ぶ場となる」を、5つの研究の目標「①持続可能な地域社会の構築を目指す研究の世界的拠点となる」「②国際的評価を有するユニークな研究拠点のさらなる発展を図る」「③持続可能な地球社会の構築に貢献する基礎研究に力を入れる」「④実践知を生かした応用研究分野で世界を牽引する」「⑤課題解決の研究拠点から有為な研究者を輩出する」を、またそれらをふまえた社会貢献の実現を標榜し、HP等で公開・周知している。

(2) 期待される研究成果

1. 日本発の新たな都市づくりの理念と方法の提示

  1.  自然条件、特に豊かな水系を基盤とした有機的な都市と地域の関係を解明して、歴史・環境・文化を生かした今後の東京のビジョンを示すとともに、自然と共生する21世紀にふさわしい都市づくりの理念と手法を日本モデルとして海外に発信できる。世界にも類例のない水都の在り方を描き出せる。
  2.  東京が関東大震災、東京大空襲、高度成長期の再開発といった大きな変容を何度もせまられたにもかかわらず、江戸期から連綿と継続する、自然を取り込んだ自律する「囲い地」の集合という柔軟な都市構造により、包容力を発揮して常に再生し得たことを実証し、自然を排除する西欧型都市モデルとは異なる、ユニークな都市モデルの有効性を国際的に示すことができる。
  3.  現代都市文明の行き詰まりを感じている西洋の先進諸国にとって、自身とは異なる過去の経験、異質な文化をもつ日本への期待が大きく、本事業の江戸東京のユニークさの研究がインパクトを与えうる。一方、急速な開発をともなう経済の急成長によって、環境や社会のバランスを崩しがちなアジア諸国にとっても、持続的発展を実現してきた東京に関する研究成果はおおいに参考になる。

2. 学際的研究拠点の形成

  1. 東京が文化的、空間的に持続してきた理由を複合的に解明し、都市と地域に蓄積されてきた資産(自然、歴史・文化、人的資源)の発掘、再評価を目指すには、多様な視点からの学際的研究が必要である。エコ地域デザイン研究センターと国際日本学研究所が共同し、長年積み重ねてきたノウハウを活用することで、国際化の時代に対応した先端的な江戸東京研究が期待できる。
  2. 東京が国内的にも国際的にも注目される東京オリンピック開催を利用しての江戸東京の学際的研究によって、その都市としての価値と魅力を発信する拠点の形成は、社会的にも経済的にも国際的にも意義がある。
  3. 東京には江戸東京博物館以外にも数多くの区立・市立の歴史博物館が存在し、地域の歴史・文化を掘り下げ興味深い展覧会を実施しており、そこで集積された情報は膨大である。これまで相互の連携を欠いていたこれらの博物館のネットワーク化により、本学の江戸東京研究の学際的拠点としての機能を拡充することができる。

3. アート(テクノロジーと狭義のアート)の視点からの東京のユニークさの解明

東京がテクノロジーとアートを用いて、都市全体像、都市開発と市街地整備、産業集積、現代建築、現代美術、民生用ロボットの各領域で、自然と歴史の無機化ではなく、新たなメタボリズムの中でのそれらの有機的な再生を果たしている様が明らかにされる。

4. 東京らしい近未来都市の住み方の提言

  1. 急激な少子高齢化による人口の縮減が起こるなか、居住地域では空家・空地が急激に増加し大きな変容が予測される。こうした現実に向き合いながら、経済の拡張によらない豊かな生活圏をつくる新たな社会を構想する必要がある。共有地の再生や小さな公の空間の設置を実現し、新しい働き方や共同体を支える社会システムが可能となる都市の在り方を、江戸東京が積み上げてきた社会資源に着目して具体的に提言する。
  2. 本研究は学生たちに、これまで経験したことのないプロジェクト型教育の素材を提供する。学生たちが地域を分析し地域住民と議論を重ね、自らも地域住民として「まちづくり」に関与する新しい実践が始まる。

5. 研究成果の刊行・発信

  1.  「歴史エコ廻廊」や「グリーンインフラ」、「エコツーリズム」等、「水都」江戸東京の特性・ユニークさを活かした構想を提案する。庭園(大学内、ホテル内も含む)や特徴ある水辺・緑地などのマップ化、さらに英訳付きの『江戸東京の都市と地域の資源事典』等を刊行して、その成果を広く公開し実用化できる。
  2. 江戸東京の持続の秘密の解明についての研究成果は、一つの書籍として刊行し成果を広く公開する。
  3. 国内外から本学に集まる学生は、若者ならではの都市情報を持っている。その協力によって、本研究と連動して、サブカルチャー地図、アニメ地図など、新しいイメージの多彩な主題別地図が作成可能になる。そうした成果物は特にオリンピックで東京に集まる大勢の外国人、日本人がおおいに活用できるものとなる。
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