2018年6月28日(木)、18時30分から21時05分まで、イタリア文化会館(九段下)において、法政大学江戸東京研究センター(EToS)とイタリア文化会館の共催で日伊シンポジウム「水の都市と持続可能な発展 ヴェネツィアと東京」が開催された。
本シンポジウム開催の経緯は、3年前に、ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学において、ヴェネツィアと東京の水都比較の国際シンポジウムが開催された事に始まる。(R. Caroli & S. Soriani ed., Fragile and Resilient Cities on Water: Perspectives from Venice and Tokyo, Cambridge Scholars Publishing, 2017)そこに、陣内秀信氏、土屋信行氏が参加し、主催者側の中心人物であったステファノ・ソリアーニ氏が東京への関心を深めることとなった。本シンポジウムは、ソリアーニ氏が調査のために来日するのを機に開催する運びとなった。
ソリアーニ氏は港湾やウォーターフロント、特に気候変動に着目した地政学と環境問題の関係などの研究を行う研究者である。専門は地政学、ジオエコノミクス、経済・政治地理学、環境政策と多岐にわたり、ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学大学院グローバルディベロップメント・起業学科長、および博士課程サイエンス・気候変動マネジメントコース教員の役職を勤めている。
本シンポジウムは2部に分かれ、第1部では、ステファノ・ソリアーニ氏(ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学教授)の講演「水の都市と持続可能な発展-挑戦と可能性 ヴェネツィアのケース」、第2部では陣内秀信氏(法政大学特任教授, 江戸東京研究センター)、土屋信行氏(リバーフロント研究所技術参与)、高村雅彦氏(法政大学教授, 江戸東京研究センター)を交え4者のパネルディスカッションが行われた。
始めに、イタリア文化会館館長・パオロ・カルヴェッティ氏からの挨拶があり、シンポジウムは始まった。
第1部ステファノ・ソリアーニ氏「水の都市と持続可能な発展-挑戦と可能性 ヴェネツィアのケース」
ソリアーニ氏の講演の概要は以下の通りである。
ヴェネツィアは現在、人口減少問題に直面し、居住人口は5.6万人となっている。それに対して観光客数は2900万人/年と非常に多い。そして、ヴェネツィアの観光地化は更に進行しており、このまま観光化が進めばヴェネツィアは観光客によって沈んでしまうという。
ソリアーニ氏は現代のヴェネツィアが抱える問題として、ラグーナの維持管理、観光業が中心の現状、大型客船の寄港地、商業港の今後、という4つのテーマを掲げ、環境と経済の視点から近代以降の港湾開発の批判を行う。それは、これまでの専門家主導で行われてきた開発およびその対策への批判を含む刺激的なものであった。
ラグーナは人工的な環境であり、何百年もかかりつくられてきたものであるが、今後、住人達が減り、一方で観光客が増え続けるとなるとラグーナの管理ができなくなり、次第にテーマパーク化してしまうという。また、観光化が進み大型客船がラグーナに入り込みサンマルコを通り島内に停泊すると、歴史地区の中心部に10階建てのマンションがそびえ立っているような光景が出現する。このような、住民をないがしろにした政策を批判し、ラグーナは住民達の作り上げてきた共有財産であるということを再認識することが必要であると主張した。
さらに、マルゲーラ港という本土において遅れて工業化した港湾が、近年の構造改革により、大手企業が再開発を行っている。しかし、この再開発は陸を中心とした開発であり、緑化は進んでいるが、ウォーターフロントに目を向ける者はいない。
環境面では、アックア・アルタ(異常潮位現象)が近年さらに悪化しているが、その対策として考えられているものは、1990年代に始まりいまだに完成してないモーゼシステムである。これは、今起こっている気候変動の問題を考慮していない時代遅れの考え方であると批判する。
上述の問題に対して、ソリアーニ氏は、幾つかの提案をする。まず、観光にも戦略的アプローチが必要であると述べる。つまり、観光業だけに頼らない、経済基盤の拡大が必要という。
第2部パネルディスカッション「ヴェネツィアと東京の水都比較」
第2部は、陣内秀信氏、土屋信行氏、高村雅彦氏の3者を交えたパネルディスカッションとなり、まずはパネリストらからの意見が述べられ、その後ソリアーニ氏を交えて白熱した議論が交わされた。
まず、陣内秀信氏から、東京とヴェネツィアにおける歴史的な開発の共通性について意見が述べられた。
そして、ヴェネツィアにおけるラグーナは住民達の共有財産であるという考え方に共感し、歴史的な水都の近似生をもつ東京にも応用し、オリンピックへ向けて東京のウォーターフロントを再評価する必要性を主張した。
次に土屋信行氏は、江戸東京の歴史的なウォーターフロント開発を取り上げ、現代の災害対策にまでその歴史性が脈々と続いていることを述べた。
近世初期の江戸時代に徳川氏が、利根川の瀬替えを命じ、物流の安全性を確保するために現在のように銚子へ流路を変え舟運の経路を開鑿した。それが、内川廻しと呼ばれる銚子から関宿まで利根川を遡り、江戸川を下る経路である。この付替えにより、利根川は頻繁に大氾濫を起こす河川となり、その影響は戦後まで続くこととなる。そして、その対策がとられるようになったのは現代になってから、つまり荒川放水路がつくられるようになってからであった。
高村雅彦氏は、アジアの水都をテーマに、西欧の水との向き合い方との違いを上海、蘇州、バンコク、シンガポール、そして東京とアジアの水の都市を取り上げることで、明瞭に提示した。アジアの人々にとって水は身体と非常に近い存在であり、アジアの水辺の開発は、常に破壊と再生を繰り返しており、動態的であると述べた。
最後は、両者のウォーターフロント開発について、4者による熱い議論が交わされた。
ソリアーニ氏は、両者の違いについて、大型港湾施設が建設された場所に注目し、ヴェネツィアは本土である中心に建設され、東京は中心の外側に建設されていると説明した。
これに対して、土屋氏は東京港がつくられたのは1943年と遅く、それまでに中心部の都市化が進んでおり、港湾施設をつくることができる場所が中心部になかったことを理由として上げる。さらに、戦後になると東京はゴミと残土処理により埋め立てが進行していくことを述べ、河川の埋め立てについては戦災の瓦礫処理や東京オリンピックによって急激に進行し水辺が身体から離れていってしまったと述べる。
そして、高村氏は今のアジアのウォーターフロント開発が注目を集め急激に進んでいることを述べ、東京は出遅れていると語る。
最後に共通認識として、これからの水辺空間を考える上で、行政が良い政策を主導し、そこに住民達が参加していく必要性を訴えた。つまり、ヴェネツィアのようにラグーナは共有財産であると考えることができ、積極的に参加する住人の存在が大きな意味を持つこととなる。
最善策というものは常にあるかわからないが、意思決定のメカニズムを作ることが必要であるとソリアーニ氏は述べる。
さらに、東京オリンピックが開催される今は水辺を見直す絶好の機会である。
近年のヴェネツィアが抱えている問題を良く知り、行政とも深く関わるソリアーニ氏とのディスカッションにより、非常に充実したシンポジウムとなったことをここに報告する。