2018年7月27日(金)、18時35分から20時32分まで、法政大学市ヶ谷キャンパス・ボアソナード・タワー25階B会議室において、法政大学江戸東京研究センター(EToS)「アートとテクノロジー」グループの第2回研究会が開催された。
今回は白石さや氏(岡崎女子大学/東京大学)を招き、「「アートとテクノロジーでみる江戸東京--表現し、表現されてきた都市、シリコンバレー度は世界37位」」と題して報告と質疑応答が行われた。司会はEToS研究員で法政大学文学部教授の安孫子信氏であった。
白石氏による報告の概要は以下の通りであった。
マイケル・モーのThe Global Silicon Valley Handbook (2017)によれば、過去3年間のスタートアップ企業への支援など複数の指標を総合的に判断した結果、東京の「シリコンバレー度」は世界で38位であるとされている。モーは東京について「伝統を重んじ、決まった方法を遵守し、食べ物が美味しい」と評している。一方で、モーはシリコンバレーを「イノベーションをもたらす精神」と定義していることを考え合わせれば、「伝統を重んじる」という東京の姿がイノベーションとそぐわないのであろうか。
一方、ルース・マクベイが1963年に発表したIndonesiaには、インドネシアにおける革命の原動力は、後に第2代大統領となるスハルトが1945年に24歳であったことが示すように、10代後半から20代前半の若者たちであったことが指摘されている。日本においても、1945年の終戦直後から10代後半から20代前半の漫画家たちがコミックを描き始めている。「受け取る人が「新しいものだ」と意識すること」を“innovation”と捉えるなら、『冒険ダン吉』の作者である島田啓三が手塚治虫に「君のマンガはマンガではない」と指摘したとされる逸話は、漫画家として一家を築いていた島田にとっては手塚の作品が自分の知るマンガとは異なる新しいものであったことを示唆しており、マンガの分野における手塚のイノベーションを表している。
ところで、マンガの内容を理解するためには、「黒白」、「単純な線描」、「右から左に読み進める」といった「マンガのリテラシー」を備えている必要がある。アジアにおいて日本のマンガは『ドラえもん』を通して各国に普及した。そして、主な読者は1980年代から1990年代にかけて家庭にテレビを所有していた新興富裕層が日本のマンガを享受していた。これに対して、米国においては、1980年代以降に大学でコンピューターサイエンスを学ぶ学生を中心に日本のマンガが普及した。そして、コンピューター・ネットワークに接する層がマンガの最初の享受者であり、米国に根付いていたSFクラブのコンベンションの形式がマンガやアニメの分野に広まった。さらにコンピューター・サイエンスを学ぶものが中心であったため、インターネットも情報の収集と交換の手段として積極的に活用されており、アニメやマンガの愛好家の広まりとインターネットの普及が同時進行的に展開したのも、米国の特徴であった。また、マンガやアニメの伝播の特徴の一つが「センター」を持たないということである。例えばマクドナルドが世界各国に出展する際に米国の本社が販売する商品の内容や宣伝の方法を一元的に管理しているのに対して、マンガやアニメの場合はシンガポール、中国、フランス、イタリアでは広まり方が全く異なり、普及を一元的に担う「センター」が存在していないのである。実際、スペインの場合、1975年にフランコ体制が終わった後に国内各民族の言語の使用が復活すると、カタルーニャ地方では親が子どもに日本のアニメをスペイン語ではなくカタルーニャ語で見せることで、アニメが浸透している。
ここで、基本的な概念として「国際化」と「グローバル化」の特徴を確認しよう。「国際化」は20世紀の国民国家を基本としており、国民国家の主権が擁護され、ナショナリズムが主要なアイデンティティとして存続している。これに対して「グローバル化」は新たな情報技術を駆使して時間と空間を超えるとともに、non-state-actorが活動することで成立し、国民国家内での多様性と同じ嗜好を持つ者が国境を越えて結び付くことである。このような定義に従えば、国家の枠組みを超えて流通、普及していることからも、マンガが世界各地に広まっているのは国際化の結果ではなくグローバル化の所産であることが分かる。しかし、近年日本政府が推進する「クールジャパン政策」などはグローバル化したマンガに対して国家が所有権を主張していることにほかならず、文化と国民国家の間の相違、あるいはマンガがグローバル化から国際化の空間へと引き戻されようとしていることを示している。
また、マンガやアニメとテクノロジーとの関係を考えるなら、以下の5つの特徴を備えていることが分かる。
(1) 科学技術への夢
(2) 科学技術の可能性とパワー
(3) 通信技術の進化とともに発展
(4) 米国ではSFファンが享受の第一世代
(5) 米国では1980年代以降コンピューターの普及と軌を一にしてマンガが普及する
さらに、デジタルメディアが世界中に広まると、マンガとアニメは国境を越えたグローバルなデジタルカルチャーの一部を形成するに至っている。そして、ビル・ゲイツが20歳でマイクロソフトを創業し、スティーヴ・ジョブズが21歳でアップルを、マーク・ザッカーバーグが20歳でフェイスブックを始めたように、シリコンバレーで新しいデジタルメディアを作り上げた人々も、革命の世代と同様に若く、また新しい世界を切り拓いた。これらのかつての若者たちは、今や寺島実郎氏が「データを支配するものがすべてを支配する」と述べたように、人々にとって不可欠な種々のプラットフォームを提供することで実質的に世界を支配していると言えるだろう。
このようなシリコンバレーでは、かつての「コンピューター・キッズ」が現在では親の世代となり、子育ての時期を迎えている。サンフランシスコ、ロサンゼルス、シアトル、サンディエゴ、シリコンバレーで聞き取り調査を行った結果、親となったかつての「コンピューター・キッズ」が子育ての上で重視していることは、「新しいアイデアを生み出すこと」、「好奇心を大切にし、文化の違いを体験すること」、「音楽、文学、アートに触れる機会を与えること」、「完成と心とビジョンを育てること」、「美味しいものを食べさせ、メディアリテラシーを持たせること」に集約されることが分かった。また、シリコンバレーのように「勝者が全てを取る社会」で重要なこととして、「親子の理解」、「自分の仕事を自分で作る」、「既存の教育システムではない新しい教育」、「視覚的アートへの親しみ」、「文化の多様性」、「言語と文字」が挙げられた。こうした親の意向を反映し、シリコンバレーでは「近代的子ども観に沿って子どもを自由に遊ばせる幼稚園」(スタンフォード大学心理学部附属幼稚園)、「STEM教育を重視する幼稚園」(州立大学幼稚園)、「宗教や東洋的伝統を採用する幼稚園」、「IT産業に従事するエンジニアが自分で作る幼稚園」(グーグル)のように、主に4つの幼稚園の型が認められる。さらに、シリコンバレーには、スティーヴ・ジョブズが子どもを通わせた、諸費用が年間440万円かかる幼稚園The Nueva Schoolや、アラビア語の幼稚園なども所在する。そして、これらの園は、それぞれ「人間を理解する」、「プログラミング・スキルと早期教育」、「文化的、宗教的アイデンティティの重視」、「IT技術者が考える夢のカリキュラム」という特徴を備えているのである。
これまで確認したように、グローバル化は多様化をもたらすものであり、グローバルなマーケットは多文化を前提とする。そして、シリコンバレーにおいて、「トップを狙うのはプラットフォーム構築者」であり、「プログラミング技術を修得しても成功が確約されていない」のである。ヒルドレッド・ギアツのIndonesian Cultures and Communities (1963)には、「インドネシアの島々の間の距離はコミュニケーションハイウェイ」であり、「島々の多様性は各々が隔離されていたからではなく、外界との多様で柔軟、オープンで選択的な接触と需要によって生み出された」と指摘している。シリコンバレーの状況とギアツの指摘を総合するなら、世界は相互に接触し、多様性を増すなら、誰かが作ったプラットフォームではなく多様で異なるものを抱え超える新たなプラットフォームを作ることが重要であるし、新たなプラットフォームを作る際に、国家の枠組みを越えた江戸東京を研究する意義があると言えるのだ。
シリコンバレーを「イノベーションをもたらす精神」が集まる場と捉え、シリコンバレーに集う人々のあり方を「親になったコンピューター・キッズの子育て観」という視点から検討することで新たにプラットフォームを作り出すことの重要性と江戸東京研究が持つ可能性を指摘したことは、今後の江戸東京研究に一つの指針を提供する大きな意義を有すると考えられた。
【記事執筆:鈴村裕輔(法政大学江戸東京研究センター客員研究員)】