シンポジウム・研究会等報告

2021年02月28日 江戸東京アトラスプロジェクト・ワークショップ開催報告

  • 更新日:2021年03月03日

2021年2月28日(日) 13時00分~16時00分 オンライン(ZOOM)にて開催(参加者28名)

 「江戸東京アトラス」プロジェクトでは「名所の変遷から江戸東京の基層を探る」をテーマとし、デザイン工学部の福井恒明教授と文学部の米家志乃布教授の研究室協働による江戸東京アトラスの作成を行っています。昨年度までは「江戸東京の"ユニークさ"」プロジェクトの活動の一環として行っていましたが、2020年度より独立したプロジェクトとして活動しています。2020年11月25日には途中経過の打ち合わせ会を少人数によるリモートと対面の組み合わせを用いて行いましたが、年度末に開催した本ワークショップはコロナ禍による緊急事態宣言下でのフルリモート開催となりました。

 高村雅彦教授(本研究センター長)による開会の挨拶のあと、まずプロジェクトリーダーの福井教授より本プロジェクトの趣旨、本日のワークショップに至るまでの経過報告についての説明がありました。今年度はほぼリモートでの作業になっていることも報告されました。次に、米家教授による『名所江戸百景』(以下、『江戸百』)と『新撰東京名所図会』(以下、『新撰』)の2つのコンテンツの資料解題が続きました。そこでは、各資料の概要と研究目的、それに基づいた主題図の作成方法が説明されました。


 ワークショップの発表のメインは、2つの学生グループによるそれぞれのコンテンツに関する作業経過報告です。最初は、デザイン工学部景観研究室のメンバーによる発表が行われました。「名所江戸百景にみる江戸の周縁領域」と題し、『江戸百』に描かれた江戸の領域の推定を行い、それを地図化する試みです。
 従来の研究では、浮世絵のなかの山や河川、橋などの「図」的な地物の言及にとどまっていましたが、本報告で注目したものは「地」的な風景でした。具体的には、119枚の浮世絵のなかから周縁部を描いたサンプル23枚を選び、農地、広野や森林など今まで広重の『江戸百』研究では注目されたことのない、中景にあたる部分が、実際にどの対象を描いているのかを地図上で特定する作業を行い、それを地図化していく作業です。
 ワークショップ当日は、作業結果の一例として「目黒新富士」の中景における建物や森林の位置、視野角や領域の特定が行われ、そのデータをもとにGISで地図化されたものが提示されました。また、23枚すべてにわたって推定した領域を色分けして地図上にのせて表現した図、さらに視点場・視対象のプロット図も紹介されました。
 この作業を踏まえて、江戸全体の空間認識構造が、江戸中心部と墨引・朱引周辺部と周縁部の3層構造になっていることも地図上に表現されました。さらに江戸周縁部への認識距離を示した地図、富士山や筑波山など遠景の認識を示した地図も提示されました。今回は主に周縁部を描いた浮世絵を選びましたが、今後は江戸中心部を視点場とするものも分析に加え、これらの主題図を完成させていくことが今後の課題となるでしょう。


 次に、文学部地理学科3年生グループによる「新撰東京名所図会にみる『新景』東京と『旧観』江戸」という発表が行われました。『新撰』に取り上げられた東京市15区における名所をプロットし、その分類や画像の特徴を地図化する試みです。
 まず名所の分類を行い、大分類別にその分布と特徴を示しました。作業は、まず名所を約150種類ほどの小分類にわけ、そのあと6つの分類に分けます。大分類は「天皇・華族」「官」「民」「構造物・公共空間」「地形・自然」「江戸」です。この分類別の名所分布で東京市15区全体におけるそれぞれの傾向を把握しました。
 次に掲載されている画像種類別に名所の分布を示しました。画像種類は、江戸名所図会の挿絵、山本松谷による石版画、写真の3種類です。また、これら3つの画像が揃った名所は13か所あり、そのうちの4か所(市ヶ谷八幡宮・浅草広小路・護国寺・神田神社)が事例として紹介されました。これにより、『新撰』において「新景」東京と「旧観」江戸が視覚的に大きな効果をもって表現されていることがよくわかります。
 最後にモダニティ表象としての東京名所の例として、学校・路面電車・橋・洋風建築が事例として取り上げられました。特に学校に関しては、東京市15区において名所として取り上げられている学校を公立・私立、小中高で分類し、学校分類のパイチャート図で地図表現しました。このように、『新撰』に掲載された名所別に、主題図を作成していき、地域的な特徴を考察することも今後の作業課題としてあげられます。
 東京名所全体の分布としては、どこかの地域に大きな偏りや集中があるというよりは、様々な名所が混在しているという特徴です。ただし、名所分類で見てみるとおおよその傾向はあり、多様性が特徴と言いつつもモザイク的な分布を示しています。この要因としては、歴史的な地域性との関連で述べることができるといえるでしょう。今回対象とした東京市15区だけでなく、その近郊や公園の部などのデータも付け加えて、さらにアトラスのための主題図作成について考えていく必要があります。


 以上、2つの学生グループの作業報告をもとに、ディスカッションの論点は多岐にわたりました。『江戸百』『新撰』それぞれのコンテンツの内容に関わる点、「江戸東京」として共通の問題となる点、地図表現に関わる改善点、デジタルアトラスとしての課題など、活発な意見交換がなされました。最後は、本プロジェクトのスーパーバイザーでもある法政大学総長の田中優子教授による「まとめ」で、ワークショップは閉会しました。ワークショップ終了後も、Zoom上では教員と学生達の雑談が続き、全体を通して、和気あいあいとした楽しい会だったと思います。

 今回は、「江戸東京アトラス」プロジェクトのワークショップではあるものの、その枠組みを大きく超えて、江戸東京をどのような切り口で考えるのか、名所を通した江戸東京の構造とは何か、地図をプラットフォームとした江戸東京研究の新しい方向性にまで議論が展開しました。対面での開催ができず、ワークショップならではの現場でやりとりする高揚感が体験できないのではないか、という大きな不安はありました。しかし、Zoom会議でも十分な成果を得られたこと、そして、このようにざっくばらんに皆でディスカッションする場が重要であることを改めて認識した機会でもありました。
 参加者は、総長やセンター長をはじめ学内の兼担研究員10名、大学院生9名、学部生8名、事務局1名の合計28名でした。参加者の皆様には、日曜日にもかかわらずZoom会議にご参加いただきまして、大変多くの成果を得ることができました。前向きで有益なアドバイスをいただきました教員の皆様、そしてリモート中心での困難な作業やワークショップ準備、当日の運営に参加してくださった学生・院生の皆様に心より感謝いたします。

(米家志乃布)

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