シンポジウム・研究会等報告

2021年07月17日 シンポジウム「都市の表象文化 アニメ・特撮における東京」開催報告

  • 更新日:2021年12月24日

シンポジウム「都市の表象文化 アニメ・特撮における東京」
主催:「テクノロジーとアート」プロジェクト
開催日:2021年7月17日(土)
Zoomによるオンライン開催
参加人数:99名

 本シンポジウムは、これまで江戸東京研究センターでほとんど扱われてこなかったアニメと特撮映画を本格的に対象とすることで、東京の表象をめぐるアニクチュアルな動向を浮かびあがらせようとしたものである。
 司会者であり、「テクノロジーとアート」プロジェクトリーダーである岡村民夫が、基調講演「アニメ・特撮における東京表象の意義」を行った。日本の実写劇映画においては、社会的諸制約によってゼロ年代前後から東京都心部でのロケ撮影が著しく減少しているが、それと反比例するかのように、ロケハンをもとに東京都心部および東京西郊を精緻に再現したアニメ映画(宮崎駿『風立ちぬ』、細田守『バケモノの子』、新海誠『君の名は。』等)が増加し、若い観客の支持を得るようになった。岡村がこうしたアニメ映画を、実写劇映画における都心表象の欠落を補完しているだけでなく、しばしばアニメならではの表現力を通し、異界、荒ぶる自然、過去ないし未来から「東京」をダナミックに捉えなおしていると価値づけた。そして、こうしたロケハン東京アニメの先駆が80~90年代の高畑勲、宮崎駿、押井守、大友克洋の作品に見られることや、しばしばそこで東京西郊が取り上げられていること、50?60年代の特撮怪獣映画の影響が認められることを指摘した。そしてゼロ年代以降の映画やアニメの制作過程におけるデジタル化の進行によって、現在、実写劇映画、特撮映画、アニメ映画がたがいに急接近しつつあるという展望を呈示した。

 次に、日本近代詩の研究者であるとともに特撮映画に造詣が深い安智史氏が「特撮映画の東京 1950?1960年代、東宝SF映画を中心に」を講演した。宮崎駿、庵野秀明、樋口真嗣の相関関係を語るなど、基調講演の内容を補ったのち、『ゴジラ』と『モスラ』を中心に、かつての特撮映画がどのように東京が表象されていたかが、当時の社会状況を踏まえながら詳述された。怪獣によって破壊される主要エリアは、社寺や木造家屋が多い隅田川西域ではなく、モダンなビルや橋の多い東側に偏っており、そこには大震災や大空襲からの復興の象徴的建築物を改めて破壊するというコノテーションがあること、ただし怪獣による都市破壊が、あからさまな虚構性ゆえに観客に恐怖よりもカタルシスをもたらすことが説かれた。また『モスラ』のユニークな側面として、この怪獣が走破するエリアが、都市型近郊農村地帯かつ基地のある地帯としての「武蔵野」であることが指摘された。

 最後に、『ナウシカ考 風の谷の黙示録』(岩波書店、2019)の著者で民俗学者の赤坂憲雄氏が「ジブリアニメの武蔵野」と題した講演を行い、小平市で育った自身の経験と比較しながら、主に『となりのトトロ』『平成狸合戦ぽんぽこ』『耳をすませば』を論じた。狭山丘陵をモデルとした宮崎駿の『となりのトトロ』には、区画整理以前の水田、相互互助的人間関係、異界の気配をたたえた「奥」、療養所が点在した武蔵野が繊細に描かれている。他方、高畑勲の『平成狸合戦ぽんぽこ』は、狭義の「武蔵野」に隣接する多摩丘陵(小山の雑木林と谷戸の水田からなるモザイク)おけるニュータウン開発史を狸たちの側から描いているとし、その微妙な違いが強調された。近藤喜文の『耳をすませば』は建設から20、30年後の多摩ニュータウンを舞台にしており、そこで生まれた子供たちがノスタルジーなしにどう生きていくかが問題になっているという点で、『平成狸合戦ぽんぽこ』の批判となっていると指摘された。

 パネリストとの質疑応答は生産的なものだった。山本真鳥氏は新海アニメに関して、橋、坂、階段、神社など、民俗学的な境界が頻出することを指摘し、横山泰子は都市化と自然の存在との葛藤という角度から怪獣を江戸の妖怪と比較し、岩佐明彦氏は建築関係者のSNSで、ゴジラが誰によって設計された建物を破壊したか熱い話題となっていることを紹介した。(岡村民夫)
 

ページトップヘ