シンポジウム「EToSがつくる新・江戸東京研究の世界」
開催日:2021年9月19日(日),9月26日(日)
会場:Zoomによるオンライン開催
参加者数:81名(9/19),104名(9/26)
Session1「都市をつくるのは誰か―定住者と流入者・来訪者、それぞれの役割とまなざし」
Session2「都市の表象文化 「名所」から「聖地」へ」
Session3「コモンズを再生する東京 2021」
Session4「EToS の今後 江戸東京研究の可能性をさぐる」
HOSEIミュージアムにおける江戸東京研究センター特別展の開催に合わせ,足掛け5年にわたる当センターの研究成果をベースに、今後の研究テーマの発掘を目指して2週連続のシンポジウムを開催しました。各セッションの開催報告を掲載します。
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Session1「都市をつくるのは誰か―定住者と流入者・来訪者、それぞれの役割とまなざし」
小林ふみ子(法政大学文学部日本文学科教授)
川添 裕(横浜国立大学名誉教授)
根崎光男(法政大学人間環境学部人間環境学科教授)
高村雅彦(法政大学デザイン工学部建築学科教授)
中丸宣明(法政大学文学部日本文学科教授)
稲葉佳子(法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師)
※登壇順
都市を語るとき、その主役として念頭に置かれるのはそこにずっと住みつづけている人々であろう。しかし、都市をつくるのは定住者ばかりではない。仕事や学びのために外からやってきてそのまま住むようになった人々、年単位あるいは月単位で滞在する人々、さらに短期的に滞在する人々。そうした外からやってきた人の存在、その文化的・経済的貢献があって、それが定住民の営為と交差し、複合するところに都市はつくられる。外から多くの人々、そこに付随する文化・情報・資財を集めているところに都市の都市たるゆえんがあり、それが最大の魅力でもある。
セッション1では、この点に着目し、江戸時代はじめから現代に至るまでの江戸東京の約400年の歴史における流入者・来訪者のありよう、かれらに向けられたまなざし、またその影響や貢献について、文化史・文学・歴史学・建築史・都市研究とさまざまな角度から語るという野心的な試みであった。
導入として小林が江戸の文芸がすでにその繁華は諸国から集まる人と物のうえにあること、そこには光だけでなく影の面もあることが描出されていたことを紹介した。続いて川添裕氏は江戸における流入者・来訪者の諸相とそこから生まれたさまざまな文芸などの作品を示したうえで、盛り場などにおいて文化的・経済的に大きな貢献があったことを論じた。続いて、根崎光男氏は来訪者がいるからこそ必要とされて設置された共同便所が、屎尿の販売によってあらたな利益を生む事業として注目され、いわば表舞台に出てくる過程を提示した。さらに高村雅彦氏は、明治期に活躍した代表的な建築家たちのほとんどが外から東京にやってきて学んだ人物たちであり、明治の東京が文字通り外来者によって作られたことをあきらかにした。中丸宣明氏は近代文学の主要作家たちが地方から上京した人々であることに注目し、それぞれの特徴的な居住地の変遷から都市とは現実の空間のうえに血縁や交友関係などのネットワークが重ねられていることを指摘した。最後に稲葉佳子氏は、新宿歌舞伎町から大久保一帯に視点を据えて、幕末から現代までそれぞれの時代において、江戸時代の下級武士の移住から戦後の旧植民地出身者による興業街形成、今日の多様な背景を持つ外国人たちによるまちづくりまで、さまざまな流入者たちがこのまちの歴史を作ってきたことを論じた。
本セッションによって、江戸東京を景観として平面的に捉えるだけでなく、多様な背景をもつ人々が流入し、さまざまな事情や思惑のもとに作りあげて今に至っているという歴史的経緯を動態としてイメージできるようになったのではなかろうか。(小林ふみ子)
写真:SHIMADA Yusuke / apgm*
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Session2「都市の表象文化 「名所」から「聖地」へ」
米家志乃布(法政大学文学部地理学科教授)
森田 喬(法政大学名誉教授)
岡村民夫(法政大学国際文化学部国際文化学科教授)
増淵敏之(法政大学大学院政策創造研究科教授)
山本真鳥(法政大学名誉教授)
※登壇順
コーディネーターは岡村民夫だが、実質的に米家志乃布が共同コーディネーターの役を果たし、「テクノロジーとアート」プロジェクトにおけるコンテンツツーリズム研究および表象文化研究と、「江戸東京アトラス」プロジェクトの名所研究を総合した内容のシンポジウムとなった。絵画や映画等ばかりでなく写真や地図もまた表象文化に属する。すなわち「現実」を間接的に表象しており、そこには歴史的・文化的・集団的な「見方」、価値評価や戦略がはらまれている。私たちは諸表象をそのような厚みをもったものとして受けとめることによって、狭義の歴史学的アプローチでは対象化しにくい感性やメディアの歴史にアプローチできるのである。本シンポジウムでは、「江戸」の地形と物語を通して形成された「名所」から、現代の「東京」のポップカルチャーにおける「聖地」への変遷を、表現ジャンルを横断して浮かび上がらせることを目論んだ。コーディネーターによる趣旨説明後、以下のように4名による研究発表が行われた。
1「名所と視覚的経験―江戸/東京の風景―」米家志乃布(法政大学文学部地理学科教授、歴史地理学): まず「浮世絵風景画 広重・清親・巴水 三世代の眼」展(2021年、町田市立国際版画美術館)の内容を踏まえながら、「江戸」から「東京」を通じて絵師たちによる名所の「定型」の継承を確認した。そのうえで写真による明治の「名所図会」が、江戸の名所表象に対し東京の「新景」を対置し、より精確に表象していること、明治末から昭和初期の「鉄道案内」や「絵葉書」になると、焦点が歌枕的な名所の想像・観照から鉄道旅行による観光に移ることを、豊富な図像資料を通して論じた。
2「鳥瞰図にみる都市の表象文化」森田喬(法政大学名誉教授、地図学):「江戸名所図屏風」(17世紀)や北斎「東海道名所一覧」(1840年)から、「大日本東京全景之図」(1907年)や吉田初三郎「関東大震災全地域鳥瞰図絵」(1924年)をへて、山口晃による現代アートとしての鳥瞰図にいたるまで、多様な実例を通し、鳥瞰図の特徴を、空間情報・アングル・動くものの表象・スケーリング・作成に利用されるテクノロジーなどの諸側面から、理論的かつ歴史的に論じた。気球から東京を撮影した写真が起伏に乏しく平板で物足らなかったせいで、細部や起伏を強調したりデフォルメが施されたりした近代の鳥瞰図が発達したのではないか、その際、富士山を向いた伝統的アングルが継承されたのではないかという仮説が示された。
3「映画・アニメからみる都市表象」岡村民夫(国際文化学部教授、表象文化論):まず、1970年代まで東京の撮影所の監督たちがロケ撮影とセットを併用しながら「東京」を積極的に描いていたことや、フィクションがかえってその時代の欲望や感情を伝えてくれることなどを説いた。そして、80年代の撮影所システムの崩壊のせいでセットによる東京表現が衰退し、90年代末から諸規制のせいで都心のロケ撮影が衰退し、現在、実写映画の東京表象が著しく貧しくなっているという問題を指摘したうえで、『耳をすませば』(1995年)『時をかける少女』(2006年)『君の名は。』(2016年)等、アニメにおけるロケハンに基づいた東京表象の増加が「聖地巡礼」を促進している展望を、発表者自身の聖地巡礼写真を交え提示した。
4「「コンテンツツーリズムと東京」再考」増淵敏之(法政大学大学院政策創造研究科教授、 テンツツーリズム研究): コンテンツツーリズムおよび「聖地巡礼」の一般的解説や、『らき??すた』(2007年)から『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』(2011年)を経て『鬼滅の刃』(2020年)に至る小史の報告の後、韓国のテレビドラマをめぐる現在のソウル・コンテンツツーリズムの活況を東京の場合と比較し、アニメツーリズムの「聖地」としての東京を国内外に効果的に情報発信していく必要性を説いた。
最後に山本真鳥教授(法政大学名誉教授、文化人類学)が各発表に対してコメントを述べ、それに対する受け答えや、発表者間の質疑応答が活発に展開した。おもな論点となったのは、江戸時代の「名所」の表象から近代の「名所」、そして現代の「聖地」へ移行する過程における連続性と不連続性である。(岡村民夫)
写真:SHIMADA Yusuke / apgm*
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Session3「コモンズを再生する東京 2021」
山道拓人(ツバメアーキテクツ代表,法政大学デザイン工学部建築学科専任講師)
北山 恒(architecture WORKSHOP 主宰、横浜国立大学名誉教授)
連勇太朗(明治大学理工学部建築学科専任講師)
栗生はるか(せんとうとまち代表理事、法政大学デザイン工学部・研究科兼任講師)
小島 聡(法政大学人間環境学部人間環境学科教授)
石神 隆(法政大学名誉教授)
※登壇順
日本における近未来に向けて可能性のあるコモンズとしての場、空間としての「商店街」にフォーカスし、学生の調査提案も行い、同時に都内でコモンズの思想をもちながら地域再生を実現しているプロジェクトの実例を紹介した展示に合わせた内容として【次の近未来―コモンス゛とコミュニティ、自治】と題してシンポジウムを行った。シンポジウムは主に4つのレクチャー を含むものとなった。
・北山恒氏(法政大学客員教授、横浜国立大学名誉教授)
昨年度3月のシンポジウム「コモンズを再生する東京」や本グループでの研究成果について。
・山道拓人(「都市東京の近未来」グループプロジェクトリーダー/法政大学専任講師/ツバメアーキテクツ代表)
紐状空間に作る新築の商店街について (下北線路街ボーナストラックについて。鉄道会社とコラボレーションした脱開発的な開発手法。)
・栗生はるか(文京建築会ユース)?
路上空間の活用拠点について (地域サロン「アイソメ」について。下町の長屋を地域拠点へリノベーション。町のコミュニティに寄り添うかたちでの建築のあり方。)
・連勇太朗氏(明治大学専任講師/モクチン企画代表/@カマタ代表)?空間的資源のネットワーク的活用 (KOCA について。ネットワーク的に地域課題を解決する方法論。)
これらのレクチャーを受け、ゲストコメンテーターとして、小島聡氏(法政大学人間環境学部人間環境学科教授)、石神隆氏(法政大学名誉教授)からコメントを頂いた。石神氏から、これからのコモンズを考える上で、「龍」を位置付ける必要があるという大変示唆的なコメントがあった。龍というのは、事故のリスク、震災のリスク、協調が必要になるメンテナンスなど、ある種の脅威や手間のかかるコモンズを律するものの喩えだが、そういったものがあることによって単純な利害関係を超えたコモンズの醸成につながるという実践的な方法論として理解ができた。小島氏からは、人口減少のコミュニティにおいては福祉・災害などコミュニティの問題を解決するコミュニティそのものが弱体化しているといったことが論じられ、核家族に適合して成長してきた結果社会における世代間継承可能性の低下が引き起こされていることが示された。全体討議では縮小の時代の都市型社会論である反転するアーバニズムや、自発的内発的な「龍」、総有主体、などコモンズを考える上で重要なキーワードが多数見出された。(山道拓人)
写真:SHIMADA Yusuke / apgm*
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Session4「EToS の今後 江戸東京研究の可能性をさぐる」
司会
横山泰子(法政大学理工学部創生科学科教授)
岩佐明彦(法政大学デザイン工学部建築学科教授)
登壇
田中優子(法政大学 特任教授)
陣内秀信(法政大学 特任教授)
シンポジウム第4セッションでは、田中優子法政大学特任教授と陣内秀信法政大学特任教授による講演と座談会が開催されました。第1〜第3セッションならびに、同時期に行われたHOSEIミュージアム特別展「<人・場所・物語>Intangible なもので継承する江戸東京のアイデンティティ」の内容をふまえたうえでの、今後の研究活動の可能性が語られました。
田中氏は「記憶から創造へ」というタイトルで、「江戸を捨てて東京になった」近現代をかえりみて、江戸という都市の記憶を研究だけではなく東京の改革に使うこと、内発的な発展が大切であると強調しました。何を創造したらよいかについては、三点「自然との対話(水都としての歴史をどこまで取り戻せるか)」「歴史との対話(現代の東京における人口集中の解消 庭園都市の再構築)」「コミュニティの再生(水・水路によるコミュニティ改革、職住一致の生活の長屋のあり方)」を挙げ、過去と東アジアからの学びによって江戸文化が創られたことを述べました。
陣内氏は1980年代の「江戸東京学」が、江戸(近世)と東京(近代)を分けずに研究したことで、多くの成果が生まれたものの、当時の学際的な交流が日本社会から薄れたが、今こそ80年代の「江戸東京学」を越える研究が必要であると述べました。EToSでは、研究対象とする時間と空間を拡大し、江戸東京の特質を解明し、近未来への道筋を示す学際研究が必要であると主張しました。具体的には、水を中心とした地形等の基層、都市の記憶を残す手段としての名所、江戸東京の表象の日本的特徴、アートによる無形遺産の継承、コモンズとしての役割を担う商店街の可能性が語られました。
その後、お互いの報告についてのコメントが交わされました。江戸文化の持っていた遊びの要素、大組織に属さない自由、自営のスピリット、浮世絵や名所絵の特徴、郊外の見方などについての質疑応答を経た後、陣内氏は、都市と田園が相乗りしないイタリアと比べ、東京は水の資産を生かし江戸以前の歴史の蓄積のある郊外エリアをとりこんで発展している点を述べました。田中氏は、外濠の浄化を東京都に提言したことに言及し、今後も政策提言に関わるような、現在の価値観を変えるメッセージ性の高い研究が重要であると述べました。その後、江戸東京研究センターの研究メンバー、岩佐明彦法政大学エコ地域デザイン研究センター長と横山泰子法政大学国際日本学研究所長が加わり、さらに活発な議論が交わされました。(横山泰子)
写真:SHIMADA Yusuke / apgm*