2022年11月12日、江戸東京研究センター・シンポジウム「江戸東京の妖怪アート ―文化遺産としての位置づけと活用のあり方」が開催されました。
江戸時代において娯楽の対象となった妖怪は、様々な絵画や文学等に描かれました。妖怪といえば何と言っても気味の悪いもの、グロテスクなものでありますから、その姿を視覚的に表現すれば「美しい芸術」にはなりません。妖怪を描いた作品群はなかなか評価されず、芸術作品としての位置づけもなされないという時代が長く続いていましたが、近年になって妖怪のビジュアルイメージが面白いものとして見直されるようになりました。過去に作られた妖怪のイメージはその後も継承され、後のマンガやアニメに影響を与えるだけでなく、地域のまちづくりにも利用されています。そこで、本シンポジウムでは、妖怪を描いた絵やマンガだけでなく、妖怪をテーマにした様々な地域の活動までも含めた、幅広い意味での表現活動を「妖怪アート」としてとらえてみようと考え、3名の研究者に発表をお願いしました。
湯本豪一氏は「江戸・東京の妖怪情報 作品と記録の混在と融合」で、主に江戸時代後期から明治期を中心に、多くの絵師たちによる絵画作品としての妖怪画と、当時の人々が怪異現象に遭遇した際の記録資料としての妖怪画について、述べられました。作家性を強調した妖怪画と、現実性を強調した妖怪画の両方が混在し融合することで、広く深い妖怪世界が展開された点、出版、情報、消費の中心地であった江戸、東京においてこそ、大量の妖怪情報が集積されて発信された点が重要です。
岡村民夫氏の発表「杉浦日向子 江戸/東京の怪」では、『YASUJI東京』『百日紅』『百物語』等の杉浦漫画においては、断片的・非説明的な怪異表現が研ぎ澄まされ、怪異漫画としても江戸漫画としても傑出していると評価されました。キャラクター性もストーリー性も欠如しているがゆえに、テレビアニメ化もグッズ化も難しい杉浦漫画は、水木しげるの妖怪漫画とは対照的で、自然のように持続する<潜在的なもの>に特有なリアリティが感じられる点が指摘されました。
市川寛也氏は、「まちを楽しむ方法としての妖怪アート」として、「芸術」「地域」等をキーワードに、最近のまちづくりの題材として妖怪が用いられる事例等から、「妖怪アート」の可能性を提案されました。地域の妖怪伝承をもとにしたまちあるき、新しい妖怪の創造、祭りやイベントなどは、担い手がプロの芸術家ではない点に注目されます。ともすれば愛好者が限定されがちなアートを、より多くの人々に開放するという意味でも興味深い実践例と思われます。
以上の発表の後、司会の横山泰子とEToSのメンバーである理系の研究者(神谷博氏、山道拓人氏)がコメンテーターとして加わりました。建築設計やまちづくりの観点からの質問やコメントが出されたことにより、文理融合的な企画になりました。司会者としては、ひさしぶりの対面でのシンポジウムが開催できたことが大変喜ばしく、またご参加下さった皆様に心より感謝申し上げる次第です。シンポジウムの内容は、後日一冊の報告書としてまとめる予定です。(横山泰子)
湯本豪一「江戸・東京の妖怪情報 作品と記録の混在と融合」
市川寛也「まちを楽しむ方法としての妖怪アート」
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