シンポジウム・研究会等報告

2018年7月7日・8日 国際シンポジウム「風土(FUDO)から江戸東京へ」開催報告

  • 更新日:2018年07月12日

2018年7月7日(土)、8日(日)、法政大学江戸東京研究センター(EToS)の国際シンポジウム「風土(FUDO)から江戸東京へ」が開催された。本シンポジウムは「アートとテクノロジー」グループと「江戸東京のユニークさ」グループの共催であり、第1日目の会場は法政大学九段校舎3階第一会議室、8日の会場はボアソナード・タワー26階A会議室であった。
今回は、和辻哲郎が構想し、オギュスタン・ベルクが発展させた「風土学」の視点に基づき、12名の報告者が江戸東京の特質を哲学、都市論、文化学、文学、思想史、美学、建築学などの側面から検討した。司会は両日とも安孫子信、横山泰子、山本真鳥の3氏が務め、陣内秀信氏が各日の報告の総括を行った。
各報告の概要は以下の通りであった。

1. 第1日目(7月7日[土])
(1) 星野勉(法政大学)/「風土」から見た都市「東京」の珍しさ
和辻哲郎が『風土』(1935年)の中で指摘した「日本の珍しさ」の概念に基づき、東京が都市の構造と都市の公共性の点からヨーロッパの年とは異なる特徴を備えるとともに自然と隣接するという意味での「風土性」を有すること、さらに風土性に根差す点を再検討することが江戸東京研究の意義であることが報告された。

(2) 河野哲也(立教大学)/荒野と名前のない海と:江戸東京の原意味
「移動と流動」に都市の意味と歴史を見出そうとしたオギュスタン・ベルクの議論の枠組みに基づき、元来名前のない海であった東京湾の視点から武蔵野から台場へと連なる江戸東京の姿を眺め、河川と海の人工化によって「武蔵-江戸-東京」と中世から現代へと至る江戸東京の「流れと移動」について考察した。

1. (1) (2) パネル1(報告者:星野勉氏,河野哲也氏)の様子1_IMG_0019_2.jpg

(3) ジャン=フィリップ・ピエロン(リヨン第3大学)/街の蛍:和辻哲郎とオギュスタン・ベルクとともに都市の風土を考える
和辻哲郎が論じた「風土」の概念が都市の風土(milieu)を考察する枠組みを提供するという仮説に基づき、「風土」の概念が「主体-客体」、「都会-田舎」といった二元論を超え、自己了解との関係における都市の居住の現象学を展開すること、さらに、オギュスタン・ベルクによる風土(écoumène)としての都市現象の分析が検討された。

(4) チエリー・オケ(パリ・ナンテール大学)/不可能のパリとしての東京―「都市の風景」批判
「都市の風景」モデルに基づいてオギュスタン・ベルクが設定した「パリと東京」や「西洋と東洋」、あるいは「モダンとポストモダン」という議論の枠組みを離れ、東京の持つ様々な特徴が「都市の風景」に一致しないのではなく、むしろ様々特徴が複雑に連関し、それによって人間と都市の間の関係を豊かにしていることを指摘した。

1. (3) (4) パネル2(報告者:ジャン=フィリップ・ピエロン氏,チエリー・オケ氏)の様子2_IMG_0133_2.jpg

(5) 福井恒明(法政大学)/文化的景観と風土,その担い手
2004年に文化財保護法が改正され、文化的景観が「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」と規定されたことから出発し、文化的景観の担い手が誰か、あるいは文化的景観は誰のものなのかといった問いを、「葛飾柴又の文化的景観」を例として検討した。

(6) 橋本順光(大阪大学)/和辻哲郎の「江戸城」発見-「城」(1935)における壕と並木-
西洋由来の街路樹や建築こそが街道の並木や壕端の持つ「風土的な特殊の様式」を鮮明にすると強調した和辻哲郎が、随筆「城」(1935年)の中で、東京駅前の高層建築と江戸城の対比を日本の都市の「不釣り合い」ではなく、「石垣と固有の偉大さ」を示すものとして積極的に評価した構図を、同時代の外国人の著作や図像資料などを用いて検討した。

1. (5) (6) パネル3(報告者:福井恒明氏,橋本順光氏)の様子3_IMG_0211_2.jpg

7月7日(土)全体討論の様子
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2. 第2日目(7月8日[日])
(1) 田中久文(日本女子大学)/和辻風土学で解く江戸東京の特質―皇居・武家屋敷・宗教空間-
普遍的な人間存在論と比較文化論という二つの面を持つ和辻の風土学に基づき、江戸東京という都市の特質と可能性を「普遍主義」と「相対主義」の両面から検討するとともに、江戸東京を象徴する皇居、武家屋敷、宗教空間に現れた和辻の天皇制、都市構造、宗教理解の独自性が実証的に考察された。

(2) 衣笠正晃(法政大学)/和辻哲郎にとっての東京――田舎あるいは古代という対立軸から
和辻哲郎が『風土』などで示した東京への距離感ないし疎外感が第一高等学校に入学するために上京して以来、生涯を通して抱かれたものであり、和辻が農村(自身の郷里である仁豊野)および過去の都市(天平時代の奈良)という対立項を導入して近代都市・東京を相対化しようとした方法を、『古寺巡礼』や夫人への書簡を通して検討した。

2. (1) (2) パネル1(報告者:田中久文氏,衣笠正晃氏)の様子5_DSC07611_2.jpg

(3) エリー・デューリング(パリ・ナンテール大学)/気候と雰囲気:都市のための二つの概念
「風土」をclimat(気候)やmilieu(環境)といった既存の訳語ではなくatomosphère(雰囲気)として理解する場合に和辻哲郎の風土学がどのように理解され得るかについて、西洋哲学や夏目漱石の小説『三四郎』の叙述の方法などを通して検討するとともに、主体と客体の中間地帯にあるatomosphèreの概念の持つ意味が考察された。

(4) 木岡伸夫(関西大学)/〈脱中心化〉と〈再中心化〉――風土学の本質的契機
風土学の本質的契機が主体の〈脱中心化〉と〈再中心化〉にあることを和辻哲郎とオギュスタン・ベルクの議論を基に例証するとともに、江戸の都市性が物質的構造としての都市と都市共同体の統一という明確な〈形〉を示していたのに対し、明治時代以降の近代的都市計画が新たな〈形〉を生み出していないことの持つ意味が検討された。

2. (3) (4) パネル2(報告者:エリー・デューリング氏, 木岡伸夫氏)の様子6_P7080024_2.jpg

(5) クレリア・ゼルニック(パリ国立高等美術学校)/東京に住まう人々を撮影する--風土学の映画への適用の試み
日本映画が風土の現象の一形態であり、風土学(mésologie)の影響を受けてきたという仮説を、黒沢清の『アカルイミライ』(2002年)や庵野秀明の『ラブ&ポップ』(1998年)などの映画を基に検証し、一人ひとりの登場人物ではなく登場人物たちを集団として捉え、個人間の関係を重視する撮影方法が江戸の「流動的文化」に根差していることを考察した。

(6) アンドレア・フロレス・ウルシマ(京都大学)/イノヴェーションに直面する風土-現代日本での都市をめぐる言説に見る風土の消失についての考察
1960年代から1970年代にかけて、日本でデザイン、建築、都市計画に関わった学者や建築家などが都市の構築に際して風土の持つ時時間性と伝播性をどのように捉えたか、さらに「素材のいたみやすさ」をいかにして相対化してきたかについて、関係者の発言を基に検討した。

2. (5) (6) パネル3(報告者:クレリア・ゼルニック氏, アンドレア・フロレス・ウルシマ氏)の様子7_DSC07700_2.jpg

7月8日(日)全体討論の様子
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以上の12件の報告を通して、江戸東京を通底し、しかも人々のあり方を規定してきた風土が日本だけの現象であるのか、それともより普遍性を持つ現象なのか、あるいは風土を形成する要素は何であるのかといった点が議論された。その意味で、本シンポジウムは江戸東京研究の理論的な枠組みの形成に向けて重要な契機となった。

 

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