文部科学省の私立大学ブランディグ事業の採択を受け、この度、法政大学江戸東京研究センターが設立されました。そして私が初代センター長に任命されました。私達が推進する事業の名称は、「江戸東京研究の先端的・学際的拠点形成」というものです。何故、法政大学がこのテーマを掲げるのか、そして、どのような考えのもとでそれを推進するのかをご説明したいと思います。
江戸東京研究センター
初代センター長
陣内 秀信
本学は、その理念を謳った〈法政大学憲章〉が示すように、地球社会の課題解決に向けた知の創出と自立的な市民の育成によって世界の持続可能性に貢献することを目指しています。大学理念を象徴すべく、江戸東京を一つのモデルに据えながら、持続可能な社会(都市)のあり方を、学際的な研究体制のもとで国際的な視座に立ちながら探究する組織として本センターは設立されました。江戸東京は、循環型都市、持続可能な発展を実現してきた都市として再評価されつつあり、地球環境問題に取り組み、グローバリゼーションの浸透に抗する地域の自立や、成熟社会における質の高い個性豊かな都市空間を求める今日の私達にとって、様々な示唆を与えてくれる重要な研究対象であると言えます。こうした地球社会の諸課題を解決する〈実践知〉を創出する教育研究拠点となる「江戸東京研究センター」は、日本文化の国際的発信者としての法政大学のブランドイメージを確立し展開する役割を担うものなのです。
実は法政大学には、本研究センターが生まれる必然性がありました。江戸東京に関する幅広い領域からの膨大な研究蓄積があったのです。その一つ、私がセンター長をつとめるエコ地域デザイン研究センターは、国際比較の視点からこの都市の特質を研究し、「水都」としての側面やエコロジカルな都市としての側面について学際的研究を積み上げてきました。海外都市との比較で、江戸東京の特質を掘り下げて研究してきました。そしてまた、田中優子総長も所属する国際日本学研究所は、国際的共同研究の積み重ねにより外からの眼差しで江戸を含む日本文化の新しい視点からの分析考察を行って、大きな成果をあげてきました。こうした実績をもつ2つの研究組織が協同し、何度もワークショップで議論を積み重ねるなかから、学際的な性格をもつ「江戸東京研究センター」が誕生したのです。
近年、東京に対する海外の人々の注目度は、ますます高まっているように見えます。長い間、世界の都市モデルとされてきた西洋の都市自体が文明の限界を感じ、新たな生き方を求めています。自然と都市を対立するものと捉える志向性をもった西洋とは異なり、水や緑を都市空間のなかにしなやかに取り込み、自然と共生する生活文化と美意識を育んできた江戸東京の都市の独特の姿、仕組みが再評価されています。
こうして世界からも注目を集める重要な都市であるにもかかわらず、この東京のもつ特徴、資質、そして可能性を正面から研究する機関、組織は存在しておりません。2020年のオリンピック・パラリンピックを控え、東京への関心が高まる今、法政大学に江戸東京研究の拠点が誕生した意味は大きいと思います。
そもそも、江戸東京の歴史への関心が強まったのは、日本が成熟社会を迎えた1980年代に入ってからのことです。文明開化以後、西洋文明を貪欲に摂取し、近代化を押し進め、高度成長期を経て経済大国に仲間入りし、物質的な豊かさを獲得した日本人にとって、次のステップで、都市の個性、文化的アイデンティティを求める気運が生まれるのは当然でした。
そのなかから、小木新造氏の提唱で「江戸東京学」が誕生し、歴史学、民俗学、文学、建築、都市計画、考古学など多くの分野が連携することで、学際的な都市学、地域学として新たな研究領域が切り開かれました。それまで日本では、あらゆる学問が、<江戸=近世>と<東京=近代>を分けて考えていました。しかし、実際には文明開化によって、都市の姿や人々の暮らしが急に変わるはずがありません。江戸から東京への発展を連続性、断続性の両面を一つのパースペクティブのなかで研究する「江戸東京学」が生まれたのです。東京都江戸東京博物館もその考えのもとで1993年に開館しました。それからすでに四半世紀がたち、東京研究も多岐に広がり、多くの成果が生み出されています。特に、東京の各地にある歴史博物館、郷土資料館での地道な研究成果の蓄積は重要です。
こうした状況を踏まえて開始される私達の「新・江戸東京研究」は、80年代の「江戸東京学」を超え、より深く大きく江戸東京の特質を解明するものです。そのため、研究の対象をさらに拡大していきます。先ずは、扱う時代を大きく広げ、東京の歴史を近世の江戸から説く従来の「江戸東京学」を乗り超え、家康による江戸の城下町建設以前の古代・中世からすでに存在し、今の東京のユニークさの源泉となっているこの都市/地域の基層に光を当て、その構造を明らかにします。対象エリアも自ずと、江戸の市域を大きく超え、東の東京低地、西の武蔵野・多摩へと広がります。この都市/地域の地形全体、地質、水系、その上に形成された古代・中世の街道(古道)、国府、寺社、居館・城、集落・居住地、湊、舟運網などに注目し、世界のなかでも独特の性格をもつ巨大都市東京の成り立ちを多角的な視点から解明していきます。
私達の研究活動は、歴史を振り返り、その過程で生み出されたこの都市の特質を明らかにするだけにとどまりません。過去の経験を踏まえた近未来の都市像を提示することも本研究センターの大きな役割です。現在の東京が発信するテクノロジーとアートの先端性/固有性にも、欧米とは異なる位相が見られ、その背景を探ることも大きなテーマです。
日本は人口減少、高齢化社会の状況を迎え、従来の高度成長型の開発志向の強い都市の在り方に関しては、価値観の大きな転換が必要となっています。そして今、益々強まるグローバリゼーションの進展に対し固有の文化力を発揮するためにも、また、大きな課題である持続可能な地球社会を実現するためにも、江戸を下敷きにする独自の歴史に裏打ちされた東京らしい都市の近未来像を描くことが求められているのです。
本研究センターは、都市東京のこうしたユニークな特質を生み出す基層構造をハードとソフトの両面から解き明し、西洋近代の開発型の都市モデルとは異なる21世紀に相応しい持続可能な、そして人間のための都市の在り方を研究していきます。私達は世界にと同時に、社会に、そして地域に開かれた研究組織を目指しております。皆様のご参加、ご協力をこころよりお願い申し上げます。